あはき等法制定時の証言―渡邊一男氏に聞く



 9月10日(日)、11日(月)福島県穴原温泉「吉川屋」にて、東北鍼灸マッサージ師会連合会60周年大会が開催されたが、そのプレ企画として10日「対談―あはき等法60周年を語る夕べの集い」が設けられた。
 これは昭和21年から22年当時、渡邊一男氏が東京盲学校師範部在学中に「あはき等法事始め」として貴重な体験をしたことに基づいており、そしてその証言の一つ一つの内容は、法217号に於ける「医業類似行為」解釈や、第1条の免許についての事項を60年前に立ち返って、今に映し出すものとなった。
 対談は、聞き手に芦野純夫氏(国立身体障害者リハビリテーションセンター理療教育部−厚労省教官)、提言者に杉田久雄氏(全鍼師会会長)として1時間30分行われた。
 渡邊氏の切り出しは「マッカーサー・ショック」であった。「あはきは野蛮な行為であるから禁止する」という、「おふれ」にショックを受けたこと、その後「存続期成同盟」の動きの中にあって、GHQより直接下記の「解禁のおふれ」を聞いたことが話された。
 存続が認められた理由は、
@「はり・きゅうは日本の歴史的伝統的経験と智恵によって創られた治療法で、日本国民の多くがその治療を希望し、親しみと信頼を持っている事が解ったのでその存続を認める。そして此れからは西洋医学の知識と理論によって裏付けられる様に努力して欲しい」
A「又、あん摩マッサージは日本の盲人にとって貴重な自立職業である事が解った。ヘレン・ケラーから障害者の福祉は障害者の自立から始まるとの助言を受けたのでその存続を認める」
である。共に60年を経た現在でも光る名言であると証言された。
 次に、免許の必要性については、はり・きゅう・マッサージ師組合(当時)の発足時、医師会から「頭の先から足の先まで身体に触れられる職業は医師とはり師・きゅう師・あん摩マッサージ師だけである」「だから、これまでの営業鑑札制を廃棄し、免許制にして欲しい」と医療審議会を通じて発せられた、と証言された。
 証言は、第1条の「医師以外の者・・・」については「医業の一部を解除したもの」であることや、欠格事項、存続運動などにも光が当てられ、法217号制定時に込められた「事実」を引き出すものとなった。なお、この証言を検証するにふさわしい「あはき等営業法の解説」(昭和23年厚生省東龍太郎医務局長外共筆)の復刻版が10月に発行されることが芦野氏より付け加えられた。この「夕べの集い」には東北鍼灸マッサージ師会連合会の梅宮会長や東北6県の師会長の外30数名が参加し、証言に耳を傾け、心に刻んだ。

渡邊一男氏の紹介:
元・宮城県立盲学校教諭・星状神経節置鍼法の研究開発者
現・東北鍼灸マッサージ師会連合会相談役
仙台鍼研究会顧問 渡邊はり・マッサージ院院長 78才(仙台在住)

記録報告  山田 幹夫  2006年9月20日
 
演壇で語る杉田久雄全鍼師会会長   芦野氏、杉田氏と対談する渡邊一男氏




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